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これまでの名誉県民の方々
長谷川 四郎
明治38年1月山田郡大間々町(現 みどり市)生まれ。昭和24年1月から昭和61年6月まで衆議院議員として活躍。この間、農林大臣、建設大臣、衆議院副議長を歴任されました。昭和53年4月勲一等旭日大綬章を受章。
昭和61年8月、群馬県はその功績を讃え、名誉県民の称号を贈りました。
土屋 文明
明治23年9月西群馬郡上郊村(現 高崎市)生まれ。明治から平成にかけて、数多くの短歌集、歌論集を刊行し、アララギ派を代表する詩人として活躍され、昭和28年日本芸術院賞、昭和59年文化功労者、昭和61年文化勲章を受けられました。
昭和62年10月、群馬県はその功績を讃え、名誉県民の称号を贈りました。
福田 赳夫
明治38年1月群馬郡金古町(現 高崎市)生まれ。昭和27年10月から平成2年1月まで衆議院議員として活躍。この間、農林大臣、大蔵大臣、外務大臣、行政管理庁長官、副総理兼経済企画庁長官を歴任され、昭和51年12月本県から初めて内閣総理大臣(第67代)に就任されました。
平成2年10月、群馬県はその功績を讃え、名誉県民の称号を贈りました。
福澤 一郎
明治31年1月北甘楽郡富岡町(現 富岡市)生まれ。大正13年に渡仏して絵画を学び、我が国に初めてシュールレアリズムの芸術運動をもたらし、その後は、ダンテ神曲、魏志倭人伝などの神話や歴史を主題とするスケールの大きい作品を数多く発表され、昭和53年文化功労者、平成3年文化勲章を受けられました。
平成4年3月、群馬県はその功績を讃え、名誉県民の称号を贈りました。
小渕 恵三
昭和12年6月吾妻郡中之条町生まれ。昭和38年11月から平成12年5月まで衆議院議員として活躍。この間、総理府総務長官兼沖縄開発庁長官、内閣官房長官、外務大臣を歴任され、平成10年7月第84代内閣総理大臣に就任。日本経済再生のため強い信念をもって尽力されました。
平成12年5月、群馬県はその功績を讃え、名誉県民の称号を贈りました。
牛久保 海平
明治38年7月佐波郡豊受村(現 伊勢崎市)生まれ。昭和18年に「サンデン株式会社」の前身である三共電器を設立。優れた先見性と不断の研究努力により独自の製品を次々と開発し、同社を一代で国際的な企業に築き上げるとともに、県商工会議所連合会長を初め数多くの公職を歴任され、県勢の発展に多大な尽力をされました。
平成11年11月、群馬県はその功績を讃え、名誉県民の称号を贈りました。
星野 富弘
昭和21年4月勢多郡東村(現 みどり市)生まれ。不慮の事故により手足の自由を失うが、苦境にあっても弛まぬ努力を積み重ね、詩画という新分野を自ら切り開く。障害を克服し、永年優れた詩画の創作活動を続け、多くの人々に生命の尊さを伝え、深い感動と生きる勇気を与え続けています。
平成18年6月、群馬県はその功績を讃え、名誉県民の称号を贈りました。
中曽根 康弘
大正7年5月高崎市生まれ。昭和22年から平成15年10月まで衆議院議員として活躍。この間、科学技術庁長官、運輸大臣、防衛庁長官、通商産業大臣、行政管理庁長官を歴任され、昭和57年11月第71代内閣総理大臣に就任。平成9年4月大勲位菊花大綬章を受章。
平成23年10月、群馬県はその功績を讃え、名誉県民の称号を贈りました。
福田 康夫
昭和11年7月東京府東京市(現 東京都)世田谷区生まれ。平成2年から平成24年11月まで衆議院議員として活躍。この間、内閣官房長官、沖縄開発庁長官、男女共同参画担当大臣を歴任され、平成19年9月第91代内閣総理大臣に就任されました。日本憲政史上初めての親子2代での内閣総理大臣。
平成25年10月、群馬県はその功績を讃え、名誉県民の称号を贈りました。