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がんは、最近では「本人への告知」が当たり前になっています。病名病状だけでなく、今後どんなことが起きるのか、自分の意志で動ける期間はどのくらいなのかを知っておくことは大切です。
在宅療養を選ぶに当たっても病状の理解は不可欠です。そうでないと「医師に見捨てられた。」「治っていないのに退院させられた。」という誤解や不満が残ります。
十分納得できるまで主治医から話を聞いて在宅療養を決めましょう。
特別激しい病状の方を除いて、ほとんどのがん患者は家で普通に近い暮らしができます。病院は治療の場でいろいろな制約がありますが、自宅では望むことが何でもできます。好きな時間に起き好きな時間に眠る・好きなものを好きなだけ食べる・買い物にでかける・自分で調理ができる・孫たちがしょっちゅう遊びに来る・夫婦で一緒に寝る・家族でいっぱい話をする、などなど。退院してから亡くなるまでの数週間に、「親子でこんなにくっついてたくさん話しをしたのは初めてだ。」とおっしゃった方もいました。
入院している患者の身内は大変です。お年寄りであれば、自宅と病室の往復だけでも大変ですし、ご自分の暮らしも大きな影響を受けます。また、具合の悪い家族を置いて夜帰宅するときの辛さはいかばかりでしょう。家ならいつも家族が身近にいます。ご自分も好きな時に横になったり食事したりできます。何より家は生活の場であり、治療の場ではありませんから医療者や同室者に遠慮したり、必要以上の緊張を強いられることがありません。
「そうはいっても、そんな病人を抱えて家で過ごすのは不安でしょうがない。」と言う声が聞こえてきます。当然です。誰の助けもなくがんの、しかも進行期や終末期を家で過ごすことは難しいことです。しかし、そういう在宅患者さんを支える医療と福祉がどんどん充実してきています。つまり「自宅でも緩和ケアが受けられる」のです。在宅療養中の患者さんご家族の一番の不安は「夜中に何かあったらどうしたらいいのか」という点です。しかし、今は、365日24時間対応してくれる診療所や訪問看護ステーションが各地に設立されてきています。
さらに、困難な病気や障害を持って家で暮らすには医師や看護師以外にもいろいろな人の支援が必要となります。ケアマネージャー、歯科医師、薬剤師、ホームヘルパー、入浴サービス、理学療法士などです。これらも現在各地に多職種の連携が作られつつあります。このようなサービスを上手に組み合わせると、お年寄りだけの世帯や独居の方でも最期まで家にいることができます。それでも「病院はいやだが自宅も不安」という方に対して、介護や食事のサービスのついた入居施設ができつつありますので、次善の策としてそれを利用するという選択肢もあります。
現在わが国では病院での死が一般的です。しかし、病院がよき死に場所であるとは思えません。医療者や医療器具に囲まれて、家族とは遠ざけられて、言葉さえ発することができず死んでいくのはいやですね。
ほとんどの人が病院で亡くなるようになったのはたったこの20~30年のことなのです。今はその反省時期で「やはり最期は自宅で」と願う人が増えています。国の政策もそれに沿って大きく変化しつつあり、諸制度が整えられつつありますので、「家で最期を迎えること」は、いろいろな面で恵まれた一部の人だけが可能な「高嶺の花」ではなくなりつつあります。
ほとんどの病院には患者相談室、病診連携室が整備されていて、そこで患者さんの相談に乗ってくれて、在宅サービスとの調整をしてくれます。地域でならかかりつけ医師や近所の訪問看護ステーションなどに相談してもいいし、群馬県医師会内にある「在宅療養支援診療所連絡会」の事務局にも情報はあります。また、インターネット上では各市町村の在宅サービスの現状の情報が載っています。ぜひ悩まずに相談してください。
小笠原 一夫(おがさわら かずお)
昭和51年、群馬大学を卒業し麻酔科医歴12年。
その後ホスピスに関心を持ち「麻酔の技術を持ったホスピス医」を目指す。
平成元年高崎市にペインクリニックを開業し、難治の痛みを持った方やがん患者の苦痛と向き合ってきた。
現在、在宅緩和ケア専門のネットワークを展開。
小笠原一夫先生