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「公衆衛生情報」2022年12月号 武智医監(当時)の記事全文
日本公衆衛生学会総会奨励賞受賞者レポート「コロナ禍と公衆衛生医師の確保、育成がつながるまで」
群馬県利根沼田保健福祉事務所(兼)吾妻保健福祉事務所 保健所長 武智 浩之
はじめに
今回の依頼をいただいたことで、私の医師人生を振り返る機会となりました。泌尿器科医師として12年間勤務した後、公衆衛生医師となって13年目、保健所長8年目(通して2か所の保健所長をしています)が現在の到達点です。ようやく公衆衛生医師として勤務した時間が臨床医師期間よりも長くなりましたので、そろそろ自分のことを公衆衛生医師です、とはっきり口にしてもよいかな、というのが率直な気持ちです。行政に入職しての感想は、「臨床と行政の職場環境はまったく異なるものである」とありきたりな結論です。そのため行政になじめていなかった私は恩師と呼ぶ先生方から、さまざまな教育、指導を賜り、今の自分があります。
公衆衛生医師の確保に関するホームページ調査を通して
保健所医師になって4年目の春に宇田英典先生(全国保健所長会の元会長)に地域保健総合推進事業「公衆衛生に係る人材の確保・育成に関する調査および実践活動」(以下、「事業班」という)にお誘いいただきました。当時の私には、群馬県の行政医師の確保・育成に関する役割はありませんし、関心もありませんでしたが、全国すべての自治体の公衆衛生医師の確保に関するホームページを調査する役割を与えられて、とことん調査したことが、公衆衛生医師の確保と育成関連にのめり込むきっかけになりました。その後、事業班の自由集会”公衆衛生医師の集い”を主催する役割を宇田先生からいただきました。それ以外にも、事業班主催のサマーセミナー(PHSS)、レジナビに参加しているうちに、全国の医学生、研修医、臨床医との交流は、自分自身のためになり、群馬県の公衆衛生医師の確保と育成に有用となっているのではないかと気が付き、積極的に活動することにしました。
事業班の取り組み
事業班活動をするうちに、2018年群馬県から世界保健機関(WHO)本部に派遣していただきました。私の事業班活動は縮小せざるを得ないと思いきや、そういうことにならずに私を仲間の一員として継続してくださいました。WHO本部で勤務して学んだことは、対象が世界であっても自分の管内であっても、業務の目的の中心は”そこに住んでいる人たちのためになることか“であることを考えればおのずと業務を進める方向性は見えてきて、関係者は一致団結することができるというものでした。国際保健の経験が地域保健、それも常に二つの管内を担当する自分の業務を推進する上で大変参考になりました。
帰国して1年が経過したところで事業班の班長を仰せ付かり、そこに新型コロナウイルス感染症(以下、「コロナ」という)の流行が完全に重なるという危機的な状況でした。コロナ対応で公衆衛生医師の確保と育成をしている場合ではない、と事業を延期・中止するのはおそらく簡単でしたが、”ピンチをチャンスに“という全国保健所長会の白井千香副会長のお声掛けを事業班のモットーにして、班員の皆さまと事業を継続するだけではなく、これまで保留されてきた事業を具体化することに取り組みました(令和2年度と令和3年度の取り組みの概要は本誌の2021年7月号と2022年7月号で報告)。
特にお伝えしたい取り組みをご紹介します。一つ目は、すべての事業をオンライン化することに成功したことです。まずは、「サマーセミナー(PHSS)を若手の医師と医学生にどうにか届けたい」という気持ちで主催しました。オンラインで開催した経験もスキルもない中、試行錯誤して無事開催できたときは班員全員で大喜びしました。日本各地、海外からも参加してくださり、オンライン開催することの長所も把握できました。この経験を基に、コロナ禍で中止されていたレジナビに代わる事業として公衆衛生医師合同相談会を厚労省の医系技官の方と協働して新規に開始し、自由集会”公衆衛生医師の集い“は懇親会を含めてオンライン開催することができました。このオンライン事業を展開するスキルは事業を進める強力なツールとなると同時に、私たちの自信につながりました。
二つ目は、保健所業務、保健所医師業務を紹介するパンフレットを作成(長崎県庁の宗陽子先生に感謝)したことです。これまでも事業班では、公衆衛生医師の確保と育成を主目的としたポスター、リーフレット、パンフレットを作成してきました。今回は、純粋に保健所業務、保健所医師業務を12のテーマに分けて、できるだけ分かりやすく紹介する内容としました。コロナによって保健所、保健所医師に国民全体の関心が寄せられたため、多くの人に保健所と保健所医師についていろいろと知ってほしいと考えたからです。
三つ目は、事業班のブログ「保健所長のお仕事紹介〜現役公衆衛生医師のホンネに迫る〜」を立ち上げたことです。コロナ禍で私たち公衆衛生医師が出掛けて啓発活動をすることが困難になった中、どうにかつながれる場所を提供したい、という想おもいで開設(中心的役割を担ってくださった北海道庁の村松司先生、ありがとうございました)しました。このブログを通じて交流した若者がすでに全国数か所の自治体で公衆衛生医師となって活躍してくださっているのは事業班員一同、心からうれしく思っています。
以上、三つの事業のことだけ見ても、やる気があればなんでもできる、は真理といえるのではないでしょうか。
おわりに
国際保健を経験したことでさらに地域保健の重要性に気が付いたタイミングに、コロナ禍という特殊な状況の下、事業班の班長となりましたが、新規事業に手を伸ばすことのできる理解ある班員の協力があったことで、私が代表して「コロナ禍における公衆衛生医師の確保と育成に関する調査と実践活動の発展」として第80回日本公衆衛生学会総会奨励賞をいただきました。また、2022年3月、群馬県知事から知事表彰をいただきました。これも群馬県健康福祉部長をはじめ健康福祉部の皆さまのおかげと、心から感謝しています。自分では気が付かないうちに、育成(時間も予算も)をしてもらっていたりするわけで、そこに気付き、感謝することができるか、が成長する上で大切なのかな、と思うこの頃です。これからも新しく行政に入職する公衆衛生医師が臨床との職場環境の違いに戸惑わないような手助けができたらと思っています。
(出典)
「日本公衆衛生学会総会奨励賞 受賞者レポート」
『月刊公衆衛生情報』2022年12月号、日本公衆衛生協会