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「公衆衛生情報」2022年10月号 武智医監(当時)が参加した研究班の記事全文
【寄稿】公衆衛生医師の人材育成・確保における調査レビューと今後の課題
令和4年度厚生労働科学研究「公衆衛生医師の人材育成に向けた好事例の横展開に向けた研究班」
吉田 穂波1)、町田 宗仁2)、名越 究3)、武智 浩之4)、宮園 将哉5)、山本 長史6)、横山 勝教7)、杉山 雄大8)、藤井 仁9)、尾島 俊之10)
1)神奈川県立保健福祉大学大学院ヘルスイノベーション研究科、2)国立保健医療科学院国際協力研究部、3)島根大学医学部環境保健医学講座、4)群馬県利根沼田保健福祉事務所(兼)吾妻保健福祉事務所、5)大阪府健康医療部、6)北海道渡島総合振興局(渡島保健所兼八雲保健所)、7)香川県東讃保健所、8)国立大学法人筑波大学医学医療系ヘルスサービスリサーチ分野(兼)国立研究開発法人国立国際医療研究センター研究所糖尿病情報センター、9)目白大学看護学部、浜松医科大学健康社会医学講座
公衆衛生医師の確保と育成に向けて
新型コロナウイルス感染症(以下、「COVID-19」という)パンデミックにより保健医療サービスに対する国民のニーズが高度化、多様化したため、保健医療行政の重要性が増してきており、地域に密着した保健所の役割はますます大きくなっています。国民の健康意識向上が顕著となった現在、エビデンスに基づく正しい健康情報を届け、行動変容につなげることは保健医療行政における重要な役割であり、ここで活躍が期待される専門家として、公衆衛生医師の必要性が今ほど顕在化している時期はありません。
2011年度より開始された地域保健総合推進事業「公衆衛生医師の確保と育成に関する調査および実践事業」等では、公衆衛生医師の業務紹介やキャリアパスに関するセミナーなどが行われてきました。地域で行う小規模のセミナーや全国保健所長会によるセミナー開催といったイベントの企画およびSNSやYouTube等、情報発信を同時進行で行うことで、公衆衛生医師の実情や息遣い、働きがいを垣間見る機会として、影響力の高い場となっています。2017年度には「自治体における公衆衛生医師の確保・育成のガイドライン」が策定され、公衆衛生医師の確保・育成を進展させるための取り組みを続けています。
2022年より開始された厚生労働科学研究「公衆衛生医師の人材育成に向けた好事例の横展開に向けた研究(研究代表者:町田宗仁)」は、これまでの取り組みをレビューするとともに、各地での医師人材確保の好事例を収集し、公衆衛生医師に求められる能力について分析し、さらに、若手医師や医学生の公衆衛生業務に関する意識調査を行うことを目的に発足しました。その中で、これまで行われてきた自治体向け調査のレビューを行いましたので、報告いたします。
全国保健所長会ならびに研究班による調査研究
日本公衆衛生協会に保存、ならびに厚生労働科学研究成果データベース(https://mhlw-grants.niph.go.jp/search)に公開されている調査研究報告書のうち2010年から2022年までの公衆衛生医師確保・育成に関する調査を調査対象別に分類しました(表1)。表1より、2010~2014年に比べ、2015年以降では都道府県庁や都道府県保健所長会向けの調査が減少し、当事者である公衆衛生医師や臨床医師に問い掛けるものが増加していることが分かります。
公衆衛生医師確保・育成調査からの知見
表1の対象者の中で最も多かった都道府県公衆衛生医師確保・育成担当部局と保健所長会に対して行った19の調査を、テーマ別に分類したものが表2です。この10年間にわたり、自治体における公衆衛生医師確保事業の現況調査はほぼ隔年、社会医学系専門医制度発足以降は制度の周知・効果検証に関する調査がほぼ毎年行われてきたことが分かります。
自治体調査で変化が見られた点は、(1)公衆衛生医師確保のための具体的な方策(採用計画、募集方法、奨学金制度、医育機関経由の働き掛け等)が増え、多様化した(西垣ら、2017年) (2)各自治体におけるインターネット上の広報が充実した(村松ら、2018年、武智ら、2013年)(3)中途退職・離職率が増加した(廣瀬ら、2021年)ことです。一方、変化が見られない点は、(1)行政医師の新規採用数・現員数(松尾ら、2011年、廣瀬ら、2012年、2013年、2014年、2021年)(2)医師臨床研修を受け入れる保健所数(古賀ら、2012年)でした。
上記のように行政医師の新規採用数・現員数が増えない原因については、近年臨床分野の医師不足に注目が集まり相対的に社会医学や基礎医学の分野への注目が集まりにくくなっている影響が考えられます。退職・離職率に関する現状把握と改善のためにも、公衆衛生医師の現況(定数・現員数、充足状況、年代別勤務年数)、公衆衛生医師の所掌や事務分担について、地域保健総合推進事業による継続的な調査が望まれます。
保健所研修が増えない原因については、「地域医療」への注目が集まりすぎ、義務化開始当初にはあった「地域保健」の文言が削除された影響などが考えられます。臨床研修医全員でなくても、興味のある研修医はどの研修プログラムでも保健所での研修を受けられる体制を再構築することも課題といえます。
調査対象 | 年 | 計 | |
---|---|---|---|
2010~2014 | 2015~2022 | ||
都道府県担当部局・都道府県保健所長会 | 12 | 7 | 19 |
医学生 | 2 | 0 | 2 |
公衆衛生医師 | 2 | 7 | 9 |
臨床医師 | 0 | 2 | 2 |
医学部公衆衛生学講座 | 2 | 1 | 3 |
総計 | 18 | 17 | 35 |
内容 | N | 調査主担当者(年) |
---|---|---|
自治体における公衆衛生医師確 保事業の現況 |
8 | 廣瀬(2021)、西垣(2019)、 清古(2017)、橋本(2013)、 廣瀬(2014、2013、2012)、 松岡(2011) |
自治体における公衆衛生医師確 保のための広報戦略 |
5 | 村松(2018)、武智(2013)、 大黒(2012-全国保健所長会 と保健所宛ての2種類)、島田 (2011) |
社会医学系専門医制度に関する 認知・効果 |
4 | 廣瀬(2021)、清古(2017)、 人見(2016、2015) |
保健所における医師臨床研修の 受け入れ |
2 | 三田(2013)、古賀(2012) |
計 | 19 |
今後の人材育成に向けた展開
このたびの調査レビューにより、公衆衛生医師を志すきっかけとして、卒前教育と臨床研修の中で公衆衛生行政や関連する事業に触れ、医療現場と周囲に広がる地域社会への俯瞰的視野を持つこと、保健所や都道府県等の行政機関で働く行政医師と交流することや、自治体における医師募集情報に関する情報を目にすること等、インパクトを与えられる機会提供の必要性が認識されました。
そもそも「医師法第1条」に医師は公衆衛生に資するということが書かれています。しかし、公衆衛生を含む社会医学は臨床医学と比べ、卒前教育を通じて接する時間が短い上に、卒後も情報が届きにくいという状況があり、これを覆す努力が必要です。
また研究班内では、行政機関の中で多くの事務職や専門職を束ねる管理職として働くことの多い公衆衛生医師が、組織の中でその必要性を理解され、支援されるために身に付けておくべき行政官スキルを明確にし、コンピテンシーとして共有する必要性が言及されました。さらに、例えばこれまでは健診を含む母子保健事業担当として医師を採用してきた政令市等で、保健所医師に健康危機管理能力を求めるようになった事例も散見されるなど、COVID-19前後で自治体が公衆衛生医師に対して求めるものが変わってきたという指摘もありました。
私たちは引き続き、効果的な公衆衛生医師人材確保・育成を通じ、全国の保健医療行政に寄与していきたいと考えています。関係各所の皆さまによるこれまでのご尽力に感謝するとともに、自治体内外におけるよりいっそうの働き掛けならびにご理解、ご協力をお願いいたします。
(出典)
「寄稿 公衆衛生医師の人材育成・確保における調査レビューと今後の課題」
『月刊公衆衛生情報』2022年10月号、日本公衆衛生協会