本文
平成30年度答申第2号
件名
保護決定処分に対する審査請求
第1 審査会の結論
本件審査請求には、理由がないので、行政不服審査法(平成26年法律第68号)第45条第2項の規定により審査請求を棄却すべきである。
第2 審査関係人の主張の要旨
(1) 審査請求人
平成28年度以前に障害者加算の支給を受けていたかは不明であるが、平成30年2月5日に平成29年3月から同年9月分までの障害者加算が支給されていないことを知った。
精神障害者保健福祉手帳(以下「手帳」という。)2級の交付は従前から受けていたが、処分庁から障害者加算や手帳について説明や指導を受けたことはなく、同加算を受けていたことや同加算の申請方法を知らなかった。
ケースワーカーの交替に伴うミスが原因で、平成29年3月からの障害者加算が削除されたのだから、同月から同年9月までの障害者加算を遡って支払うことを求める。
(2) 審査庁
審理員意見書のとおり、棄却すべきである。
第3 審理員意見書の要旨
次のとおり、本件審査請求には理由がないから、棄却されるべきである。
(1) 平成29年3月から同年9月までの障害者加算の不支給について
処分庁は、手帳の更新の発見月の前月まで遡及して加算を支給している。最低生活費の遡及変更は、3か月程度(発見月及びその前々月分まで)認められると解されている(平成21年3月31日付け厚生労働省社会・援護局保護課長事務連絡「生活保護問答集について」(以下「問答集」という。)問13-2)。3か月を超えて遡及することは、既に生活が成り立った過去の生活費までは扶助しないとの考えであるとともに、遡及する範囲についても、保護の実施機関に裁量を与えているものと解釈すべきである。よって、平成29年10月から同年12月に遡及して障害者加算を支給した本件処分(以下「本件処分」という。)に違法又は不当な点はない。
(2) 障害者加算の削除について
審査請求人は、これまで障害者加算を受けていたか不明であり、処分庁から説明・指導もなかったため手続できなかった旨主張しているが、平成23年4月時点でケースワーカーから手帳の写しの提出指導を受けており、また手帳の交付と連動した障害者加算の支給を受けているから、加算について一定の知識があったものと推定されるので、違法又は不当な点はない。
なお、障害者加算の削除処分そのものは、審査請求期間を超過している。
(3) その他
その他本件処分に違法又は不当な点は認められない。
第4 調査審議の経過
当審査会は、本件諮問事件について、次のとおり、調査審議を行った。
平成30年6月5日 審査庁から諮問書及び諮問説明書を収受
平成30年6月11日 調査・審議
平成30年7月9日 行政不服審査法第75条第1項の規定による意見の陳述
調査・審議
平成30年8月22日 調査・審議
第5 行政不服審査法第75条第1項の規定による意見の陳述の要旨
この行為(障害者加算の削除)が明らかに恣意的に行われていることが最も重要である。
支給される年とされない年があり、こちらが指摘したら遡及して支給された。一体誰の権限で行っているのか。処分庁は、去年の10月から1月まで3か月分まとめて清算したが、そのミスは一体誰が犯したのか。当然同じ担当であったはず。支給額の一覧表を見れば、支給されている年、支給されていない年がはっきりとわかるはずである。処分庁は、恣意的な行為を認めたからこそ、遡及支給したわけである。
恣意的なミスを誰が何の権限で行ったのか、はっきりしていただきたい。
第6 審査会の判断の理由
(1) 審理手続の適正について
本件審査請求について、審理員による適正な審理手続が行われたものと認められる。
(2) 審査会の判断について
ア 本件における法令等の規定について
(ア) 生活保護法(昭和25年法律第144号。以下「法」という。)による保護の基準及び程度については、厚生労働大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基とし、その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行うものとされ(法第8条第1項)、その厚生労働大臣の定める基準として「生活保護法による保護の基準」(昭和38年厚生省告示第158号。以下「告示」という。)が定められるとともに、法定受託事務である保護実施の処理基準(地方自治法(昭和22年法律第67号)第245条の9第1項及び第3項)として「生活保護法による保護の実施要領について」(昭和36年4月1日厚生省発社第123号)及び「生活保護法による保護の実施要領について」(昭和38年4月1日社発第246号。以下「実施要領」という。)その他の通知が厚生労働省から発出されている。
(イ) 生活保護法による保護の基準は、障害者加算について「障害等級表の1級若しくは2級又は国民年金法施行令別表に定める1級のいずれかに該当する障害のある者(症状が固定している者及び症状が固定してはいないが障害の原因となつた傷病について初めて医師又は歯科医師の診療を受けた後1年6月を経過した者に限る。)」について行うとしている(告示別表第1第2章-2(2)ア)。
また、加算の手続について、「障害の程度の判定は、原則として身体障害者手帳、国民年金証書、特別児童扶養手当証書又は福祉手当認定通知書により行うこと」(実施要領第7-2-(2)エ(ア))と定めているほか、これらを所持していない者については、「障害の程度の判定は、保護の実施機関が指定する医師の診断書その他障害の程度が確認できる書類に基づき行うこと」(実施要領第7-2-(2)エ(イ))としており、手帳は、「障害の程度が確認できる書類」に含まれるとしている(生活保護法による保護の実施要領の取扱いについて(昭和38年4月1日厚生省社保第34号)第7の65)。
(ウ) 加算の届出について、問答集は「加算の認定に限らず、最低生活費の認定は、一般に本人の申告、届出が中心となって行われるべきものである。」としつつ「しかし、実施機関の側においても対象者の需要発見について積極的に確認の努力をすべきであることはいうまでもない。したがって、現業員が加算の要件に該当すると思われる者を発見したときは、ただちに実施機関として認定に必要な手続をはじめるとともに本人に対して適当な方法で申告届出を求めるべきであろう。」としている(問7-17)。
(エ) 扶助費の遡及支給の限度について、問答集は、「本来転入その他最低生活費の認定変更を必要とするような事項については、収入申告と同様、受給者に届出の義務が課されているところでもあるし、また、一旦決定された行政処分をいつまでも不確定にしておくことは妥当でないので、最低生活費の遡及変更は3か月程度(発見月及びその前々月分まで)と考えるべきであろう。」とし、その理由について、「行政処分について不服申立期間が一般に3か月とされているところからも支持される考えであるが、3か月を超えて遡及する期間の最低生活費を追加支給することは、生活保護の扶助費を生活困窮に直接的に対処する給付として考える限り妥当でないということも理由のひとつである。」としている(問13-2)。
イ 手帳について
(ア) 手帳は、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(昭和25年法律第123号)に基づき、一定の精神障害の状態にあることを認定するもので、平成7年に制度が創設された。手帳の所持者には、NHK受信料等の減免、税金の免除等の全国一律の支援策のほか、事業者や地域で電車、バス等の交通機関の運賃割引が実施されている。交付手続は、都道府県知事又は指定都市の長が手帳の交付を希望する精神障害者(知的障害者を除く。)の精神障害の状態を認定して、障害等級を記載した手帳を交付する。市町村長は、新規交付の申請の受付、更新申請(手帳の有効期限の到来日の3か月前から可能)の受付、申請者に対する手帳の交付、更新事項を記載した手帳の交付等の事務を行う(精神保健及び精神障害者福祉に関する法律施行令(昭和25年政令第155号)第5条等)。
(イ) 審査請求人が所有する手帳2級は、精神障害であって、「日常生活が著しい制限を受けるか、又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの」を指す(精神保健及び精神障害者福祉に関する法律施行令第6条)。
(ウ) 手帳の有効期限について、手帳に記載する手帳の交付日は、市町村長が申請書を受理した日とし、手帳に記載する手帳の有効期限は、交付日から2年が経過する日の属する月の末日とされている(精神障害者保健福祉手帳制度実施要領(平成7年9月12日付け健医発1132号))。
ウ 本件処分等の違法性の有無について
(ア) 処分庁は、本件処分において、削除されていた障害者加算について、平成29年10月から認定している。審査請求人を家庭訪問し、手帳の更新を確認したのは同年11月24日であるから、本件処分は、障害者加算を「認定すべき事実を発見した前月まで遡及」している。
前述の問答集は、「最低生活費の遡及変更は3か月程度(発見月及びその前々月分まで)と考えるべきであろう。」とし、また、「3か月を超えて遡及する期間の最低生活費を追加支給することは、生活保護の扶助費を生活困窮に直接的に対処する給付として考える限り妥当でない」としている(問13-2)。これは、既に生活が成り立った過去の生活費まで扶助しないとの考えであり、必ず3か月分遡及しなければならないとするものではなく、遡及期間についての目安を示したものと認められる。
処分庁が準拠していた要領では、障害者加算の遡及支給は、支給すべき事由を発見した月の前月に遡って行うこととしていたと認められる。
本件処分は、既に生活が成り立った過去の生活費の支給であり、かつ、上記処分庁の取扱いのとおりなされたものである。また、本件において、当該取扱いと異なる取扱いをすべき事情は認められない。よって、裁量権の逸脱又は濫用に当たる事由は認められず、本件処分に違法又は不当な点を認めることはできない。
(イ) 審査請求人は、平成29年2月1日付けの障害者加算の削除が処分庁のミスによるものであり、また、これまで障害者加算を受けていたか不明であり、説明・指導もなかったため障害者加算の受給の手続ができなかったことを主張し、同年3月から同年9月までの障害者加算を遡って支払うことを求めている。
障害者加算の削除は、手帳の更新の届出が無かったために行われたものであり、削除そのものに、違法又は不当な点は認められない。また、前述の問答集13-2に示された遡及支給の限度の取扱い及び考え方から、仮に障害者加算の受給の手続に係る説明を受けていなかったとする審査請求人の主張が正しかったとしても、不支給となった期間について遡及して障害者加算を支給すべきであったと判断することはできないため、審査請求人の主張を認めることはできない。
なお、障害者加算の削除処分そのものは、平成29年2月1日付けでなされており、既に審査請求が行える期限を徒過し、また、教示の誤り等審査請求期間を徒過したことについて正当な理由も認められないことから、審査の対象外であるが、同処分の理由の付記について、次のとおり付言する。
理由の付記の程度は、いかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用して処分がされたかを了知しうるものでなければならない(最判昭和60年1月22日)とされており、また、このような理由の記載が不十分である理由付記の不備の瑕疵ある処分は、違法である(最判昭和38年5月31日)とされている。平成29年2月1日付けの障害者加算の削除処分の通知の理由の記載は、付記の程度が十分とはいえず、仮に適切になされていれば、審査請求人が受給の手続をとることができた可能性もある。理由の付記について、適切な処理がされることを要望する。
(ウ) 他に本件処分に違法又は不当な点は認められない。
以上のとおり、本件審査請求には理由がないから、棄却すべきである。