本文
平成30年度答申第3号
件名
生活保護変更決定に対する審査請求
第1 審査会の結論
本件審査請求には、平成30年1月1日付けの生活保護変更決定については理由があるので、行政不服審査法(平成26年法律第68号)第46条第1項の規定により取り消すべきであり、その余は理由がないので、同法第45条第2項の規定により棄却すべきである。
第2 審査関係人の主張の要旨
(1) 審査請求人
ア 審査請求書における主張の要旨
生活保護変更決定処分(平成29年12月20日付け交付第2017027418号。以下「本件処分」という。)により、同年10月から同年12月までの3月間分の障害者加算を、平成30年1月から同年6月までの6月間にわたり返還を求められたが、本件処分は生活保護法(昭和25年法律第144号。以下「法」という。)第63条に基づく返還処分である。
生活保護費の過誤払に基づく返還処分は、審査請求人の生活実態や受給した保護金品の使用状況等を考慮すべきところ、本件処分は考慮すべき事項を考慮しておらず、処分庁には裁量権の濫用がある。
本件処分により、審査請求人は、何の落ち度もないのに健康で文化的な生活を下回った生活を長期間強いられることとなる。
以上から、本件処分は違法であり、取り消されるべきである。
イ 審査会に対する主張の要旨
審査請求人は、過払いについて善意であり、現存利益もないので、法第80条を適用し、その返還を免除される理由がある。
なお、処分庁は、過払金を生活保護費に充当することについて、平成29年12月20日に審査請求人に説明し、同意を得たと主張するが、否認する。
(2) 審査庁
本件審査請求には、平成30年1月1日付けの生活保護変更決定については理由があるので、取り消すべきであり、その余は理由がないので、棄却すべきである。
審査請求人は、本件処分の取消しを求めているが、本件処分の通知書では、生活保護費へ過払金を充当し生活保護費を減額した平成30年1月1日付けの生活保護変更決定(以下「変更処分」という。)のほか、障害者加算の削除も行われている。審査請求人が主張する審査請求の理由は、変更処分に係るもののみであるため、審理員意見書のとおり、審査請求人は、変更処分についてのみ争っているものと解されるが、障害者加算の削除処分についても争っているものと解する余地もあるため、上記のように裁決すべきである。
なお、違法性の判断については、審理員と同様である。
第3 審理員意見書の要旨
次のとおり、本件審査請求には理由があるから、取り消されるべきである。
- 障害者加算の認定における障害の程度の判定は、原則障害年金の等級により行うこととされているため、障害者加算の削除は、国基準のとおりの対応であり、違法又は不当な点はない。
- 本件返還請求は、法第63条に基づく返還請求ではなく、生活保護費の過払金を、生活保護費との相殺で賄おうとするものである。
- 「最低生活費の認定は、当該世帯が最低限度の生活を維持するために必要な需要を基とした費用を、必ず実地につき調査し、正確に行わなければならない」とされている(生活保護法による保護の実施要領について(昭和38年4月1日社発第246号。以下「実施要領」という。)第7)。
- 処分庁が審査請求人に対し、生活保護費の過払い分を平成30年1月以降の生活保護費に充当しようとする根拠は、その時点における審査請求人の承諾のみであり、実施要領が求めている、最低限度の生活を維持するために必要な需要を基とした費用を、実地につき調査し、正確に行った結果である旨の主張はない。
- 平成30年1月以降の審査請求人は、法の定める最低生活費を下回る額の生活保護費を支給されている状況である。本件処分後、審査請求人は生活困窮を申し出ており、また、本件処分の取消しを求め審査請求を行ったのであるから、審査請求人の最低生活費を保障すべき責務を負っている処分庁は、これに速やかに対応する義務があると解する。
- したがって、審査請求人に法が定める最低生活費を下回る生活保護費の支給を決定した本件処分は違法であり、取り消されるべきである。
- なお、認定を取り消した加算3月間分の返還そのものが否定されるべきものではないので、審査請求人の預金その他現存する利益について十分調査し、実態を明らかにした上で決定すべきと解する。
- 他に本件処分に違法又は不当な点は認められない。
第4 調査審議の経過
当審査会は、本件諮問事件について、次のとおり、調査審議を行った。
平成30年7月4日 審査庁から諮問書及び諮問説明書を収受
平成30年7月9日 調査・審議
平成30年8月8日 審査請求人から主張書面を収受
平成30年8月22日 調査・審議
第5 審査会の判断の理由
(1) 審理手続の適正について
本件審査請求について、審理員による適正な審理手続が行われたものと認められる。
(2) 審査会の判断について
ア 本件における法令等の規定について
(ア) 法による保護の基準及び程度については、厚生労働大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基とし、その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行うものとされ(法第8条第1項)、その厚生労働大臣の定める基準として「生活保護法による保護の基準」(昭和38年厚生省告示第158号。以下「告示」という。)が定められるとともに、法定受託事務である保護実施の処理基準(地方自治法(昭和22年法律第67号)第245条の9第1項及び第3項)として「生活保護法による保護の実施要領について」(昭和36年4月1日厚生省発社第123号)及び実施要領その他の通知が厚生労働省から発出されている。
また、これらを補完するため「生活保護問答集について」(平成21年3月31日厚生労働省社会・援護局保護課長事務連絡。以下「問答集」という。)が発出されている。
(イ) 生活保護法による保護の基準は、障害者加算の対象者について、「ア 障害等級表の1級若しくは2級又は国民年金法施行令別表に定める1級のいずれかに該当する障害のある者(症状が固定している者及び症状が固定してはいないが障害の原因となつた傷病について初めて医師又は歯科医師の診療を受けた後1年6月を経過した者に限る。)」及び「イ 障害等級表の3級又は国民年金法施行令別表に定める2級のいずれかに該当する障害のある者(症状が固定している者及び症状が固定してはいないが障害の原因となつた傷病について初めて医師又は歯科医師の診療を受けた後1年6月を経過した者に限る。)。ただし、アに該当する者を除く。」としている(告示別表第1第2章-2(2))。
(ウ) 障害者加算の判定については、「障害の程度の判定は、原則として身体障害者手帳、国民年金証書、特別児童扶養手当証書又は福祉手当認定通知書により行うこと」(実施要領第7-2-(2)エ(ア))と定めているほか、これらを所持していない者については「障害の程度の判定は、保護の実施機関の指定する医師の診断書その他障害の程度が確認できる書類に基づき行うこと」(実施要領第7-2-(2)エ(イ))としており、精神障害者保健福祉手帳は「障害の程度が確認できる書類」に含まれるとしている(生活保護法による保護の実施要領の取扱いについて(昭和38年4月1日厚生省発社保第34号)第7問65)。
なお、これを補足する解釈として、障害基礎年金の受給権を有する者に対する障害者加算の認定に係る障害の程度の判定の方法について、「障害の程度の判定は原則として障害基礎年金に係る国民年金証書により行うが、(中略)年金の裁定が行われるまでの間は手帳に記載する障害の程度により障害者加算に係る障害の程度を判定できる」ことが示されている(平成7年9月27日付け社援保第218号厚生省社会・援護局保護課長通知)。
(エ) 扶助費の額の遡及変更の限度について、問答集は、「3か月程度(発見月及びその前々月分まで)と考えるべきである。」とし、その理由について、「行政処分自体に安定性が要請されると同様、行政処分の相手方にとっても既に行政処分がいつまでも不確定であることは適当でないからである。」としている(問13-2)。
(オ) 誤認定による生活保護費の過払金の返納については、原則「最低生活費又は収入充当額の認定を変更すべき事由が事後において明らかとなった場合は、法第80条を適用すべき場合及び(7)エによるべき場合を除き、当該事由に基づき扶助費支給額の変更決定を行えば生ずることとなる返納額(確認月からその前々月までの分に限る。)を次回支給月以後の収入充当額として計上して差支えないこと。(この場合、最低生活費又は収入充当額の認定変更に基づく扶助費支給額の遡及変更決定処分を行うことなく、前記取扱いの趣旨を明示した通知を発して、次回支給月以後の扶助費支給額決定処分を行えば足りるものであること。)」としている(実施要領第10-2-(8))。
実施要領第10-2-(8)で引用されている法第80条は、「保護の実施機関は、保護の変更、廃止又は停止に伴い、前渡した保護金品の全部又は一部を返還させるべき場合において、これを消費し、又は喪失した被保護者に、やむを得ない事由があると認めるときは、これを返還させないことができる。」と規定している。
この趣旨については、「既に決定支給した扶助費の額を減額変更して扶助費を返還させる場合、財務処理上は「戻入」という手続きがとられるが、法第80条はそのような戻入すべき額の免除を定めたもの」であるとともに、「保護の廃止、停止、変更等に伴い前渡した保護金品を支弁した者に返還すべきことは、民法第703条に示されたところによる」(問答集 問13-2)としている。
実施要領第10-2-(8)で引用されている「(7)エ」については、賞与や期末手当等について、その収入月及び収入額が確実に把握できるときは、その収入額を認定のうえ、これを基礎として支給額の算定を行うこととした上で、「当該算定にかかる収入の額と、扶助費支給後に認定された収入額とに差を生じたときは、収入月以降の収入額に加減して支給額の算定を行うこと」(実施要領第10-2-(7)エ)と事後の扱いを規定したものである。
(カ) 民法第703条の規定
民法(明治29年法律第89号)は、不当利得の返還に関し、「法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。」と規定している。金銭を生活費に充てた場合にも利益は現存するのが判例である(大判昭和7年10月26日民集11巻1920ページほか)が、困窮の度合いや金銭授受の事情などを斟酌する必要があるとしている(大判昭和8年2月23日新聞3531号8ページ)。
また、債務者が無資力になった場合、利得者に重大な過失がない限り、返還義務は軽減されると解されている(大判昭和7年10月26日民集11巻1920ページ)。
(キ) 法第63条は「被保護者が、急迫の場合等において資力があるにもかかわらず、保護を受けたときは、保護に要する費用を支弁した都道府県又は市町村に対して、すみやかに、その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならない。」と保護費の返還について規定している。
イ 本件処分等の違法性の有無について
(ア) 障害者加算の削除について
障害の程度の判定は、ア-(ウ)のとおり原則国民年金証書により行うこととされている。審査請求人は、平成24年〇月〇日付けの国民年金・厚生年金保険年金証書において「障害の等級 3級13号」と認定されており、ア-(イ)のとおり障害者加算の支給の対象ではない。また、平成29年12月に処分庁が行った障害者加算の削除は、審査請求人が障害者加算の支給対象でない旨を処分庁が確認した月の前々月まで遡って行っているが、ア-(エ)の取扱いのとおりであり、違法又は不当な点は認められない。
(イ) 変更処分の違法性の有無について
処分庁は、障害者加算の支給対象でない旨を確認した平成29年12月の前々月である同年10月まで遡及して、加算の認定を取り消し、当該3月間分の過払金48,930円を6等分し、平成30年1月から同年6月までの間で、審査請求人に支給する生活保護費に充当することを決定したものであり、法第63条に基づく返還請求ではなく、生活保護費の過払金を、次回支給月以後の収入充当額として計上して調整しようとするものである。
法第12条は「生活扶助は、困窮のため最低限度の生活を維持することのできない者に対して、左に掲げる事項の範囲内において行われる。
一衣食その他日常生活の需要を満たすために必要なもの(以下略)」としており、「最低生活費の認定は、当該世帯が最低限度の生活を維持するために必要な需要を基とした費用を、必ず実地につき調査し、正確に行わなければならない」としている(実施要領第7)。
処分庁は、審査請求人に対し、生活保護費の過払い分を平成30年1月以降の生活保護費に充当する旨説明し、承諾を得たと主張するが、実施要領が求めている、最低限度の生活を維持するために必要な需要を基とした費用を、実地につき調査し、正確に行った結果である旨の処分庁の主張はない。
したがって、本件変更処分は、処分の前提となる調査を欠いている点について違法であり、取り消されるべきである。
なお、審査請求人は、過払金について善意であり、現存利益もないため、法第80条を適用し、返還を免れる理由がある旨主張している。返還を要する額を次回支給月以後の収入充当額として計上して調整する取扱いについては、「確認月からその前々月までの分であっても法第80条を適用すべき事情があるときは、この取扱いは認められない。」とされている(問答集 問13-2)。よって、変更処分に当たっては、審査請求人の預金その他現存する利益について十分調査し、実態を明らかにした上で決定すべきと解する。
(ウ) 上記以外の違法性又は不当性についての検討
他に本件処分に違法又は不当な点は認められない。
以上のとおり、本件審査請求には、平成30年1月1日付けの生活保護変更決定については理由があるので、取り消すべきであり、その余は理由がないので、棄却すべきである。