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「公衆衛生情報」2022年1月号 鈴木部長全文
フツーのウルトラセブンファンだった僕が転生したら公衆衛生医師だった件
群馬県桐生保健福祉事務所(兼)吾妻保健福祉事務所 部長 鈴木 雄介
(経歴)
平成19年群馬大学卒業。初期臨床研修後、21年、群馬大学精神科神経科に入局。精神科医として群馬大学医学部附属病院、群馬県立精神医療センターなどに勤務。30年4月、群馬県に公衆衛生医として入庁。令和3年4月から現職。
(本文)
令和4年、明けましておめでとうございます。「群馬県の自慢など自由に書いてください」と言われたのですが、全然関係ない内容になってしまい、われながら驚きました。本文で触れられなかった郷土の自慢をここでします。群馬で道に迷っても、都庁に次いで背が高い県庁舎と、富士山の次に裾野が広い赤城山を目印にすれば方角が分かります。凄い!
狙われた街
「ウルトラセブン」第8話「狙われた街」は、今でも特撮史上に残る“名作”といわれる作品の一つです。ちゃぶ台を挟んで対たい峙じするモロボシダンとメトロン星人や、夕日をバックにした美しい戦闘シーンなども語り草ですが「たばこの中に人間を狂わせる赤い結晶体を仕込み、それを吸った人間が急な行動変容を起こすことで、人間同士の信頼感を損なわせる」というストーリーの完成度が、今でも多くの人に評価されています。現在のお笑い界の重鎮であるダウンタウンの松本人志と爆笑問題の太田光の二人がともにこの話に強い感銘を受けているのも面白いところです。
「ウルトラセブン」の本放送があった昭和42年の男性の喫煙率は、82.3%。ほとんどの成人男性がたばこをたしなんでいたと言っても過言ではありません。電車の車内や、会社のオフィス、学校の職員室すらもほとんど喫煙フリー。そんな時代だったのでしょう。たばこが健康に害を及ぼすなんてほとんどの人が想像もしていなかったのだと思います。
それから時は流れて、現在では多くの人がたばこは有害ということを認識しています。成人男性の喫煙率も30%を下回り、一昨年度からの健康増進法の改正により飲食店や事業所でも原則禁煙となりました。しかし、それでもなお、喫煙所が減ったことによる路上喫煙や、COVID-19の喫煙所での感染、加熱式たばこに代表される新種の台頭等、たばこがいまだに多くの問題を抱えていることを、保健所で働いていると感じざるを得ません。そんなたばこ問題を昭和の時代に物語の要素としていたウルトラセブン制作陣の感覚の鋭さが、この作品がいまだに高い評価を得ている理由の一つなのでしょう。
超兵器R1号
私は入庁して2年目に、国立保健医療科学院で「たばこ対策の施設推進における企画・調整のための研修」を受講させていただきました。それまで私は、たばこ対策について「どうせニコチン依存の人に言ってもムダだよね」とどこか思っていました。実際、臨床医時代の私とたばこ対策の関わりは、患者さんに「禁煙してみては?」とたまに伝える程度。当然ほとんど成功しません。しかしこの講習を受けたことで私の中で「革命」が起きました。それは、日本の先頭で対策に当たっている人たちの情熱と工夫によってもたらされました。
全国津々浦々の企業や機関の喫煙所に自ら乗り込み、まさにフィールドワークのように実態調査し、それに基づいた啓蒙活動を施して日本の産業と闘い続けている先生、たばこ対策を「健康増進のためのまちづくり」の一環として捉え、対策を起点としたまちおこしを考える先生、たばこ対策を「きっかけ」として、正しい自己決定の方法を啓蒙するために学校の授業を日夜工夫していらっしゃる先生…。
前述したように、たばこ対策というものは一つの課題を解決しても、また次の課題が生まれてしまう。まさに「血を吐きながら続ける悲しいマラソン」のようなもの。しかし、いろいろな立場から、一歩でも前に進むために闘い続けている人たちがこんなにいるという感動。公衆衛生医として仕事をして1年がたち、日々はルーチンワークで仕事が退屈かもしれないと思っていた自分の考えの小ささを反省し、自分の希望やアイデア(ある意味妄想!?)次第で、どんどん新しいアプローチができるという面白さを仕事に見いだせるようになりました。そして、それはたばこ対策に限らず、公衆衛生というフィールドのあらゆる仕事に共通していると考えるようになりました。
史上最大の侵略
冒頭で触れたウルトラセブンは、「エヴァンゲリオン」の庵野秀明監督をはじめとした多くの現代のクリエイターたちに影響を与え続けている作品です。庵野秀明は、彼が影響を受けた特撮作品の数々を「原点、或いは呪縛」と表現しています。しかしウルトラセブンをはじめとした特撮やアニメを「原点」とし、「呪縛」を受けたのはクリエイターたちだけではなく、多くの医療従事者も実は同じです(私見ですが、医療従事者のオタク率は一般のそれよりもはるかに高いです)。
古来、日本のヒーローは自己犠牲心の塊です。「日本の医療は医療従事者の自己犠牲の上に成り立っている」といわれて久しいのですが、われわれは心のどこか深い部分で、最終回でボロボロになっても地球人のために闘い、一筋の光になって消えていったウルトラセブンに憧れているのです。誰かにとってはそれが悟空かもしれないし、プリキュアかもしれない。未来の医療従事者にとっては、「鬼滅の刃」の炭治郎かもしれません。
今回のコロナ禍では、保健所の労働環境の過酷さと仕事量の膨大さが話題になりました。私が働いている群馬県の保健所でも例外でなく、連日に及ぶ残業や休日出勤が続きました。それでも、自分のプライベートや家庭を犠牲にして新型コロナウイルス対策に取り組んでくれていた所員の皆さんには頭が下がる思いでした。しかし、一部の人間の犠牲と、やりがいという名の押し付けのもとに成り立つ医療行政は決して健全なものではないですし、それは患者さんの不利益にもつながってしまうことです。ウルトラセブンの最終回で、キリヤマ隊長は「地球はわれわれ人類の手で守らねばならない」と言って闘いに向かっていきました。これは「セブン1人に頼ってはいけない」というキリヤマの決意です。われわれも、誰かの犠牲的な献身によってではなく、協力と英知によって保健行政を進めていかなくてならないのです。
日本人の悪い癖は「喉元過ぎると、何となくうまくいった感じにしてしまう」ところです。この文章を書いている2021年11月現在、新型コロナウイルス感染症は一段落しています。しかし、今後、また感染拡大はやってくるかもしれませんし、新型コロナウイルス以外の新規感染症や災害も近い将来やってくるでしょう。今こそ、いかに無理なく迅速に新しい危機を迎え撃つ体制をつくれるかを考えていかなくてはなりません。また、保健所は平時の業務においても非効率的なことはいまだに多く、時には科学的な事実を無視した“過去の慣習”や“権威者の一声”に盲目的に従っていることがある印象を受けます。皆が気持ちよく働けて、地域の役に立つ職場づくりのためにもこれからは声を上げていこうと思います。
公衆衛生医は「すべての人が健康に過ごせる日常を守る」仕事です。知恵と情熱と、そして仲間とのチームワークで地域の保健行政に微力ながら貢献できればと思っています。
最後に、人生に迷っていた私を拾ってくださり、また、私が体調を崩し病休中も温かく待ってくださった群馬県職員の皆さまと、突然の転職にも温かく送り出してくれた群馬大学精神科神経科関係者の皆さま、私の趣味への理解を今のところ示してくれている家族に感謝を述べまして、ペンを(実際にはキーボードを)置かせていただきます。ありがとうございました。
(出典)
期待の若手シリーズ私にも言わせて!第109回
「月刊公衆衛生情報」2022年1月号、日本公衆衛生協会