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「公衆衛生情報」2021年7月号 武智医監の記事全文
地域保健活動最前線 第74回 公衆衛生医師の確保と育成に関する調査および実践事業の報告
群馬県利根沼田(兼)吾妻保健福祉事務所 保健所長 武智 浩之
はじめに
人生100年時代を迎える中、予防と健康づくりを強化して健康寿命の延伸を図ることが目標とされ、保健所に勤める公衆衛生医師は地域の公衆衛生活動の中核として活躍してきました。こうした中、新型コロナウイルス感染症拡大の影響が、人々の生命や生活のみならず、個人の行動や意識さらには価値観に至るまで多方面に波及し、改めて日々の健康づくりの大切さや科学的根拠に基づいた施策の立案および評価の必要性が再認識されることになりました。
地域からは多様化・複雑化する公衆衛生的課題への対応を明確に求められるようになり、広い視野を持ち地域に根ざした衛生活動をリードする保健所医師の存在がクローズアップされました。しかし現実は、保健所管轄区域の広域化や市町村合併による保健所数の減少に伴い保健所長数が大きく減少したことに加え、全国の保健所長の1割超が兼務を余儀なくされるなど人材不足が慢性化しています。そのため、保健所等に勤務する公衆衛生医師の確保と育成はかつてないほど重要かつ喫緊の課題となりました。
令和2年度に10年目であった当事業は、全国保健所長会の「公衆衛生医師の確保と育成に関する委員会」と密接に連携し、新型コロナウイルス感染症対策が求められる社会背景に合わせ、(1)事業班のこれまでの活動の効果を把握し今後の活動に活かす(2)すべての事業をオンライン化する(3)公衆衛生医師の業務内容に関する広報啓発活動を強化する(4)社会医学系団体との連携を強化し対外的にも発信力のある活動を目指す―という4つの方針を立てて活動を行いました。
調査事業
1.公衆衛生 若手医師・医学生サマーセミナー(Public HealthSummer Seminar:PHSS)参加者へのアンケート調査
PHSSは、臨床医や医学生の公衆衛生への関心を高めること、入職して間もない公衆衛生医師に保健所等で勤務する魅力、やりがいを感じてもらうとともに仲間づくりの機会を提供することを目的として平成24年度から開催しています。このPHSSが公衆衛生医師の人材確保にどの程度寄与しているのかを評価するため、これまでの参加者を対象にアンケートをメールで送信し、参加時・現在の所属およびPHSSの効果等について質問しました。
182人へメール送信し38人から回答を得ました。その中で、5人がPHSS後に公衆衛生医師となり、うち4人は入職に際しての判断にPHSSへの参加が「とても役に立った」と回答しました。また、PHSSに参加した若手公衆衛生医師11人のうち10人が継続して公衆衛生医師として勤務しており、その10人全員がPHSSに参加したことが情報の共有や勤務を継続する上でのモチベーションの維持に「役立った」と回答しました。一方で、残念ですが1人が離職していました。多くの自由記載からは、PHSSが公衆衛生医師の確保・育成に寄与していることが明らかになり私たち自身のモチベーションも向上しました。
実践事業
1.公衆衛生 若手医師・医学生向けサマーセミナー(PHSS)2020オンラインの開催
今回は、「公衆衛生医師について広く知ってもらう機会」と位置付け、初めてオンライン形式で開催しました。
医学生、臨床医、入職早期の公衆衛生医師63人と運営スタッフ21人が参加しました。「公衆衛生医師の役割とキャリアパス」「新型コロナウイルス感染症対策と保健所医師」と題した講義を中心に実施しました。
オンライン形式とした成果として、医学生や東海北陸ブロック、中四国ブロック等の従来参加が少なかった地域からの参加者が増加したことが挙げられます。海外からの参加もありました。一方で、参加者からは、参加者同士の交流の機会が持てると良かったという意見が複数聞かれました。
公衆衛生分野への興味・関心を持つ者同士が自由に意見交換し、関係づくりをできることがPHSSの本来の最大の魅力です。そこで、新しい試みとして、具体的かつ個別の質問や就職に関する相談については、PHSSの2週間後に設定した公衆衛生医師合同相談会2020オンライン(後述)においてきめ細やかに双方向性に対応することで、参加者のニーズに応える複合的なイベントにしました。
2.公衆衛生医師合同相談会(Public Health Career Counseling:PHCC)2020オンラインの開催
PHSS2020で公衆衛生医師の業務内容や勤務する魅力について知った若手医師、医学生が複数の現役の公衆衛生医師とオンラインで双方向性にコミュニケーションを取りながら具体的な進路相談を行えるようにする場を初めてオンライン形式で提供しました。
参加者は29人で、日本各地からの参加に加え海外からの参加もありました。公衆衛生医師のキャリア形成が理解できる内容の講義と参加申込時に受け付けた事前質問への回答の後、参加者と運営スタッフを3グループに分け、直接やりとりをする相談会を40分、2回行いました。グループ相談会の1回目は、東日本、西日本および厚生労働省で医系技官として勤務することを検討している参加者が、それぞれの実情を知るスタッフに相談できるように実施しました。グループ相談会の2回目は、公衆衛生医師というキャリアを、保健所医師業務の詳細や臨床との関わりや違いについて、仕事のやりがいとワークライフバランスについて、女性公衆衛生医師という3つの切り口から、参加者が自身の将来の職業人生をデザインする上で、それぞれの切り口において経験の豊富なスタッフに相談できるように実施しました。
参加者たちからの多様な相談に対して、スタッフからこれまでの経験や知識をもとにした丁寧な回答がなされ、有意義な意見交換が行われました。
オンラインで実施したことにより都市部で開催される就職活動イベントとは異なり、都市部へのアクセスの悪い地方の医学生や医師も参加ができるようになりました。
3.第79回日本公衆衛生学会総会自由集会「オンライン公衆衛生医師の集い」の開催
公衆衛生分野では、身近に相談できる医師が臨床分野と比べて極めて少ないことが特徴です。定型的な業務に加え、社会背景に合わせて変化する地域の課題や保健医療・介護福祉制度に迅速に対応していくことが求められる中にあって、適切に相談することができず、悩みを抱え込んでしまうことや孤立することもあります。
そこで公衆衛生医師同士が互いの経験を共有したり、ネットワークを構築することのできる場を設けることは、離職防止に有意義であると考え、初めてオンライン形式で開催しました。
参加者は33人で、約7割が現役保健所長、その他は本庁や保健所の医師や大学職員等でした。
「新型コロナウイルス感染症と公衆衛生医師」をテーマとしチャット機能を活用して双方向性に意見交換しました。全参加者が関わらざるを得なくなっている新型コロナウイルス感染症をテーマとしたことで、非常に活発な自由集会となりました。参加者のチャットコメントに対して本人からの補足発言を行うことで、双方向型の自由集会となり、参加者からも非常に好評でした。
終了後にはオンライン懇親会を開催し、自由集会で挙げられた課題をさらに深掘りしました。
4.公衆衛生医師業務等の広報媒体に関する活動
公衆衛生医師業務の広報および啓発をするために、令和2年6月に、ブログの運用を開始しました。公衆衛生医師業務の紹介を主なコンテンツとし、「公衆衛生医師の日常」と題した班員によるコラム形式のコーナーを併設しました。また、公衆衛生分野に関心のある医学生、研修医、臨床医が相談しやすいように、連絡先を記載し事業班にアクセスできるように配慮しました。
その結果、公衆衛生医師への転職を真剣に検討している臨床医3人とオンラインおよび保健所見学を通して双方向的、直接的に交流する等の成果が出ています。
5.公衆衛生医師の業務内容に関するパンフレット作成
公衆衛生医師に関心を持つ医学生や臨床医に、保健所で働く医師業務を分かりやすく網羅的に説明するためのパンフレットを作成しました。12項目(感染症、結核、母子保健、精神保健、難病、健康づくり、地域包括ケアシステムの構築、地域医療体制の整備、食中毒防止、生活環境衛生対策、健康危機管理、国際保健)の保健所業務を紹介しました。
6.社会医学系団体等との協働活動
社会医学系の団体や機関の医師がどのような活動をしているのかを広報すべく各団体でそれぞれの情報を取りまとめることとなりました。当事業班が全国保健所長会を代表して保健所医師の活動内容を紹介しました。
7.全国保健所長会研修会の開催支援
令和2年度の事業班活動を通して得た経験や知識を活用して令和2年度全国保健所長会研修会(令和3年1月22日)のオンライン開催を支援しました。
まとめ
コロナ禍においても公衆衛生医師に関心のある医学生、研修医、臨床医が多く存在していることが認識できました。すべての事業をオンライン化し、さらに新たな取り組みも実施し、公衆衛生医師として活躍することを希望する者の期待に応えられるように班員が一丸となって事業展開しました。その努力が実り、より直接的に公衆衛生医師になる道筋をつけられるようなうれしい展開を経験できました。
今まで以上に班員間での意識および方向性の統一が求められましたが、それも十分に達成され事業班全体の連帯感の醸成につながったことも大きな成果といえます。
令和3年度は、公衆衛生医師のキャリア形成の充実を支援し、自治体の公衆衛生医師に対するサポート体制に工夫を施すことが離職防止のためにも重要であると考え、活動を開始しています。
最後に本事業にご協力いただきました皆さまに厚く御礼申し上げます。
(出典)
地域保健活動最前線第74回
「月刊公衆衛生情報」2021年7月号、日本公衆衛生協会