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「公衆衛生情報」2022年7月号 武智医監の記事全文
地域保健活動最前線 第86回公衆衛生医師の確保と育成に関する調査および実践事業の報告
群馬県利根沼田(兼)吾妻保健福祉事務所 保健所長 武智 浩之
はじめに
当事業班は、全国保健所長会の「公衆衛生医師の確保と育成に関する委員会」と密に連携し、新型コロナウイルス感染症対策が求められる社会背景に合わせ、(1)公衆衛生医師の確保と育成方法のさらなる探求と入職早期の離職防止に向けた取り組みの開始、(2)事業班活動のオンライン化と集合対面開催の融合、(3)公衆衛生医師業務に関する広報啓発活動のさらなる発展、(4)行政医師のサブスペシャルティに関する検討と社会医学系専門医協会との連携強化―という4つの大きな方針を立てて、調査と実践事業を積極的に活動しましたのでご紹介します。
調査事業
1.公衆衛生若手医師・医学生向けサマーセミナー、公衆衛生医師合同相談会等に参加後、行政に入職した公衆衛生医師に対する調査
事業班主催のセミナー等に参加後に、行政に入職した公衆衛生医師を対象として、公衆衛生医師になることに興味を持った理由、セミナー等が入職に与えた影響等を調査し、今後の事業展開に活かすことを目的として調査しました。10名へ依頼し8名から回答を得ました。事業班のイベント参加が、行政に入職にする決め手になったか、という質問に対し、参加前から入職を決めていた2名を除く6名中4名が、「はい」と回答しました。イベントに参加して良かった点、良くなかった点に加えて今後イベントを開催する上で考慮した方が良いことに関する意見も多く寄せられました。
2.自治体や保健所の公衆衛生医師の確保と離職防止対応を探る調査
道府県保健所長会の会長を対象に、自治体での対策の参考とするため、公衆衛生医師数のほか、公衆衛生医師の獲得や離職を防止するために工夫していること、社会医学系専門医制度が役立っているかについて調査しました。回答数は46道府県中40でした。調査の結果、県型保健所の医師は孤立しがちな職種であり離職率(中途退職者/新規採用者)は59.1%(75/127)と高率でした。また、全体の8割以上の道府県が医師を募集中で、確保・育成については、ほとんどの自治体で獲得のための工夫をしており、社会医学系専門医制度を保健所長会長の6割以上が評価していました。医師の獲得については、社会医学系専門医制度を活用しながら工夫し、中途退職が多い半面、新しい若手医師が入職し、全体として医師数のバランスが取れている現状が把握できました。
3.行政を離職・転職した公衆衛生医師に対する調査
保健所など行政に勤務していたが、定年前に辞めた、もしくは転職した医師から、その理由等を調査し、今後の離職防止対策の一助とするために調査しました。班員が把握している対象者のうち協力が得られたのは16名でした。すでに離職・転職した医師に連絡を取り、その事情を調査するのは遠慮や抵抗感はありましたが、重要な調査と位置付け、新たな試みとして取り組みました。当時、離職や転職を思いとどまらせるには、どのような働き掛けや働きやすさがあれば良かったか、現在の勤務先を選択した理由、離職防止対策に必要と考える制度や仕組みの提案を得ました。
4.前記3の調査を依頼した当事業班の班員に対する調査
離職・転職者に調査を依頼する中で班員が感じたり思ったりした率直な意見を調査し、公衆衛生行政で働く者の離職防止の参考とするため調査をしました。回答者は8名でした。離職・転職者に対する調査を依頼した班員自身が転職を考えたことがあるかという問いに7名があると回答しました。調査の結果、行政医師としてのスペシャルティやアイデンティティー、高い倫理観や使命感に根差したあるべき人物像を自らが描き、行政組織内でその実現を目指していくことが離職防止策の一つとして示唆されました。
実践事業
1.公衆衛生若手医師・医学生向けサマーセミナー2021の開催
10回目となる本セミナーは、リアル会場とオンラインのハイブリッド開催で計画しましたが、緊急事態宣言を受け、オンライン開催のみに変更しました。
参加者は59名でした。オンラインでの開催は2020年度に引き続き2回目で班員が運営に慣れていたこともあり、2020年度の1日のみの開催から2日間のプログラムに拡充しても無事に開催できました。各講義(公衆衛生医師のキャリアパス、社会医学系専門医制度、ナッジ:公衆衛生医師に求められる行動経済学的視点、DHEAT:災害時における公衆衛生医師の役割、公衆衛生のやりがいと医師としてのアイデンティティー)の後にグループワークを毎回入れたこと、自由に交流できる時間を長めに設定したことも参加者の満足度を高くしました。
2.公衆衛生医師合同相談会2021オンラインの開催
公衆衛生医師と双方向にコミュニケーションを取ることで、具体的な進路相談を行えるキャリアカウンセリングの機会を設けました。
参加者は32名で北海道から沖縄県まで全国から参加していただきました。スタッフ側も厚労省の医系技官含めて総勢28名の協力が得られ、相談会のグループ数を増やすことができ、参加者へのきめ細やかな対応ができました。
3.第80回日本公衆衛生学会総会自由集会「公衆衛生医師の集い」の開催
公衆衛生医師として勤務することの魅力について語り合い、モチベーションを高め合うことや、公衆衛生医師の育成に関する情報を共有し、公衆衛生医師同士の交流を深めるネットワークを構築することはさまざまな面で有益です。そこで、「新型コロナウイルス感染症への保健所の対応について」をテーマに9回目の集いを感染対策を講じて2年ぶりのリアル形式で開催しました。
参加者は34名でした。行政医師による実体験を振り返る発表を踏まえ、各自治体で活躍する参加者により活発な意見交換が行われました。新型コロナウイルス感染症対応に関する日頃から抱える悩みを共有し、公衆衛生医師としての今後の活動に向けたヒントが聞かれました。
4.当事業班ブログの発展的運用
医学生・若手医師および中堅以上の転職を考える医師に対して公衆衛生医師の業務内容を広く周知することを目的として、令和2年6月に開設したブログを積極的に運用しました。臨床で経験することのない公衆衛生医師ならではの、業務風景に関する投稿「公衆衛生医師の日常」と題した日記調の文章の公開、当事業班主催イベントの告知等を行いました。ブログ開設後、6名の医学生・臨床医から個別相談が寄せられ、うち1名については自治体に入職しました。
5.医学生・臨床医等との交流
公衆衛生分野に興味・関心を寄せる臨床医や医学生に対して公衆衛生医師と個別に交流する機会を設けることで、保健所や公衆衛生医師についての理解を深め、公衆衛生医師を志す者を増やすことを目的に、事業班のイベント参加者が所属する公衆衛生勉強会サークルからの依頼を受け、保健所の業務や公衆衛生医師の役割について班員が講義し意見交換しました。35名が参加し、保健所や公衆衛生医師の具体的な役割・業務内容、やりがい、公衆衛生医師になるために必要な条件、勤務環境や専門医・学位取得に関すること等、意見交換しました。公衆衛生分野に関心のある医学生であっても、保健所や公衆衛生医師の実際の活動を知る機会は非常に限られていますので、公衆衛生医師が本音で語る話を聞ける機会を設けることは大切であると考えています。
6.公衆衛生医師に関する広報資料の効果的な活用
公衆衛生医師の確保および育成を促進するには、チラシやパンフレット等のアナログ媒体とインターネットのホームページ等のデジタル媒体で、広報資料を効果的に活用することが有効です。そこで、全国保健所長会ホームページ内での情報提供を明確にするために、公衆衛生医師関連情報を一つのタブにまとめ、文章にアイキャッチを添えることによって、公衆衛生医師について知りたい利用者ができるだけ短い時間で必要な情報に到達し、内容を理解する時間もできるだけ短くなるように改良しました。
7.第80回日本公衆衛生学会シンポジウム「行政医師が持つべき専門性・スペシャルティを考える」の開催
行政分野で働く医師の専門性や能力とは何か、さらにその専門性や能力を育成するのにはどんな取り組みが必要なのか等について公衆衛生分野の関係者から広く意見を募り議論を深めることを目的にシンポジウムを開催しました。国立保健医療科学院、自治体本庁、保健所、大学、社会医学系専門医協会、それぞれの立場から考える行政医師の専門性について提案を受けるとともに、大阪府において開始された若手医師の専門性の獲得を目的とした取り組みに関する紹介がなされ、行政医師が持つべき専門性・スペシャルティの検討を進める端緒となりました。
まとめ
事業班では、すべての事業をオンライン化し、ブログの運用が奏功し、医学生や研修医、臨床医との距離がとても近いものとなり、実際の入職にも離職防止にも貢献できるようになっています。そして、事業班内の各事業同士に加えて、全国保健所長会のイベントとも連動させたり、事業班の外部の組織、団体との連携も複数進んだりするなど、事業班の活動が内外に認識されるようになりました。これは、班員の献身的な支援、協力があったからこそ成立しました。2年以上新型コロナウイルス感染症対応が続き、その業務量が膨大となる中、保健所等の行政で勤務する公衆衛生医師の確保や育成は、さらに重要かつ喫緊の課題となりましたが、これまで以上に公衆衛生医師の確保と育成が実現可能な状況となりつつある、今こそがさまざまな意味合いでチャンスであることは間違いありません。
令和4年度は、事業をブラッシュアップしながら新規事業への挑戦をすでに開始しています。積極的かつ丁寧な意見交換を班員全員で行い、メンバーの世代交代を長期的視野に立って図ることや、より効果的な活動ができるメンバー構成を常に模索しながら、困難の中にもやりがいのある活動を継続しています。
最後に本事業にご協力いただきました皆さまに厚くお礼申し上げます。
(出典)
地域保健活動最前線第86回
「月刊公衆衛生情報」2022年7月号、日本公衆衛生協会